雪が降り続く路地裏で行き倒れていところに、とある青年が通りかかる。
朦朧な意識の栄真を前に「いくところがないなら、うちにくる?」と問いかけたその顔は、自身の双子の兄、叶輪とそっくりであった。青年は栄真を拾い、家に匿った。最初は『利用する為』に。
青年にこの顔を与えた『一族』は、孤児であった青年に何の才能を見出したのか、『この顔の持ち主が使い物にならなくなった時、いわば"代わり"にになるよう』にと命じ、青年は幼い頃からそのための教育を受けながら、一族の人間に対してですら一部にしか知られないまま生活してきた。次第に青年は何に対しても感動することのない、無感症な人間となる。
力を得、監視を殺し、自分を重宝していた一族に見切りをつけたのも、ただの気まぐれかもしれない。名前を変え場所を変え、一族からの追手を巻きつつ転々としながら、ただただ外の世界で無意な日々を過ごしていた。
栄真とこの路地裏で遭遇したのは偶然だが、青年は言ノ葉栄真を一方的に知っており、次一族の追手が迫った時、利用してやろうとあえて近づいたのだ。
青年は拾ったことを激しく後悔する。
ああいえばこういい、すぐに噛み付くわ、言うことを聞かない。優しい顔をして取り繕っても、全く絆されない。初めこそ『面倒だ。いっそ殺してしまおうか』と考えてしまうほどには青年は栄真に手を焼いていた。
しかし、利用してやろうという目的で近づいたにもかかわらず、なんだかんだ向き合い続けていた結果、次第に栄真は青年に心を開いていき、本来の無邪気さを取り戻して行った。そして青年も、そんな過程を見守っていくうちに、利用してやろうと言う気持ちはとっくに消え失せ、栄真に『何か』を感じるようになっていった。栄真が取り戻した本来の明るさに青年の『何もなかった心』は徐々に救われていく。
ともに過ごすようになって数年経ったある日、突然「格闘家になりたい」「自分の力をこんなふうに使えるなんて思っても見なかった」 「有名になればきっとにいちゃんに見つけてもらえる」と言い出した栄真に、青年が感じたのは、
危険な目にあって欲しくない。
一緒にいる時間が少なくなる?
誰にも君を渡したくない。
だって俺は、俺は、君の…
そんな黒く滲んだ『感情』だった。